新規事業開発の実務

花粉症 (>_<)

0-1. 事業開発以外の戦略オプション (エンゲージ・投資・提携・買収)

 

今回は新規事業開発の上位レイヤー、経営判断・投資判断に関する内容です。

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出典 : Capturing Startup Value (500startup) 

 

企業はなぜ新規事業開発をしたいのか

以前、「環境分析 (SWOT分析・PEST分析) 」という記事で、以下のように説明しました。

環境分析は、自分たちの置かれている環境を俯瞰して把握するという実質的な効果の他に、投資家と目線を合わせ、「事業をやる理由・必然性」を合理的に説明する目的がある

環境分析 (SWOT分析・PEST分析) より

企業が行う事業開発は、背景に「潜在的なビジネス機会」・「外部環境の変化がもたらす脅威」のいずれか、もしくは両方を抱えていることでしょう。

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「潜在的なビジネス機会」によって生まれる事業開発は、例えば「IT化が加速しているから我が社もこの領域で事業を立ち上げよう」とか、「スマホが普及しているからここに進出すれば儲かる」というようなアグレッシブなモチベーションです。

一方、「外部環境の変化がもたらす脅威」によって生まれる事業開発は、例えば「最近競合が始めた新サービスに顧客を取られておりヤバイ」とか、「ネットの時代に、製造業だからといってこれまでと同じことをやっていたらまずいのではないか」といった消極的な理由。

いずれにせよ、「機会」や「脅威」といった外的刺激を発端として、過去の延長線上にはない、非連続的な成長を実現すべく「事業開発」という選択が決定されることになります。

 

新規事業以外の選択肢

 ここで問題にしたいのは、そういった「機械」や「脅威」への対抗措置として「事業開発」が妥当なのか、という観点です。

500 StartupsがINSEADとまとめたレポート "#500CORPORATIONS (日本語版ダイジェスト)" に掲載されている「スタートアップと関わるための5つの戦略オプション」は、大企業がイノベーション (新結合) を獲得するためのオプションとしても有用でしょう。

 

冒頭の画像を再掲します。 

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上図に示した通り、事業開発とはイノベーションを取り込み、非連続的な成長を実現するためのひとつの選択肢でしかありません。

それぞれの戦略オプションは求めるリターン、回収期間、リスク、必要となる人的リソースの量などが異なるため、自社にとって最適な方法はどれか、新規事業開発に先立って検討しておくべきでしょう。

それぞれの戦略オプションについて説明していきます。

 

エンゲージ

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Engage とは、英語で「従事する、携わる、婚約する」といった意味を表す単語で、2010年頃から国内マーケティングの分野で用いられ始め、「つながり」「絆」といった言葉で表されます。ブランドとユーザーの親密さ・結びつき・絆・共感を重視するマーケティング手法は昔からあ、以下のような理由で近年特に注目されています。

  • SNSの浸透によってブランドと生活者のコミュニケーションが容易になった
  • インターネットの普及により生活者が多くの情報を得、ブランドの一方的なメッセージを信用しなくなった
  • モバイルデバイスの普及により、生活者のインターネットメディア接触時間が長くなってきている

企業がイノベーションを獲得する方法としての「エンゲージ」は、上記のようなマーケティング的考え方とは異なり、「イノベーションに関するシーズ (種) とのカジュアルな交流」程度に捉えればよいでしょう。

例えば、TECH PLAY や Startup Hub Tokyo  のようなコミュニティが実施しているイベントに参加したり、協賛することができます。

他には、オープンイノベーションプラットフォーム「Creww」や、社外交流のマッチング支援「サンカク」のように、交流そのものをビジネスにしているサービスもあります。

トーマツベンチャーサポートが大企業向けに行っている「出張モーニングピッチ」は、大企業の経営者に対してスタートアップが直接プレゼンテーションするというもの。大企業に適切な "ショック" を与える手法としてユニークです。

エンゲージのメリット・デメリット

前述のような機会を活用してスタートアップと関わることは、ビジネスのトレンドや手法、ツール、アイデアを得るための安価で手軽な方法であるにとどまらず、そのカルチャーを自社にフィードバックする効果もあります。

新卒から大企業で長く勤めてきた中堅ビジネスマンは、どうしても知識やカルチャーが自社のものに偏りがちです。そういったバイアスを矯正するためにこのような交流を活用するのもよいでしょう。

一方で、手軽である反面、ビジネスとしてのリターン・インパクトは限定的です。他の手法と組み合わせることも検討しましょう。

 

提携

他社との業務提携を通じて、外部環境の機会や脅威に適応しようと試みることもできます。

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昨年は、例えばインターネット企業の DeNA が自動車メーカー 日産と提携したり、スポーツ動画配信のダゾーンと音楽のスポティファイ が提携したり、といったように、お互いの持っていないものをそれぞれ提供することで新事業領域やリーチできていない顧客層を開拓しよう、というアプローチです。

提携のメリット・デメリット

企業間のやり取りになるのでケースバイケースではあるのですが、提携によって何が起こるかは比較的予測しやすく、コストも比較的少ないので、リスク許容度の低い企業でも採択できるという点はメリットになるでしょう。

成果についても同様に予測しやすく、うまくいけば適度なリターンが得られるでしょう。

ただし、会社同士の連携になるため、マネジメントの理解が得られることが大前提です。また、提携交渉やスキーム構築などを行う優秀な自社の人材も欠かせません。

 

投資

冒頭に出てきた 500 startup のようなファンド へのLP (有限責任組合員) 出資や CVC (Corporate Venture Capital) を組成し、直接・間接的に投資を行う方法です。

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CVCの組成は、ファンド投資に比べて投資先に自社の価値観を投資判断に反映させ易く、自社の指向性や投資対象が明確な場合に有効といわれています。

投資のメリット・デメリット

自ら新規事業開発を行う場合と比較すると、投資の方が必要となる人的リソースが少ない点は人材不足に悩む企業にとっては魅力的でしょう。事業開発は自社の優秀な社員を中心としてチームを組成するため、異動が発生し間接的に既存事業にも影響を与えます。

また、投資先や新規事業の探索範囲も自社リソースで行うより早く、実行すれば投資先として一般には公開されていないビジネスの内情も入ってくるため、情報収集としても適しています。

デメリットとしては、投資の回収期間は事業提携や買収に比べると長くなる点があげられます。今すぐ得られる成果より3年後〜5年後を見据えて仕掛けたい場合に有効でしょう。

 

事業開発

企業が自社リソースを使って新規事業開発を行う手法です。本ブログのメインテーマです。

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自社で事業開発チームを立ち上げる他に、アクセラレーションプログラムを実施し、スタートアップのビジネスに機会を提供し、加速させることでビジネスを生み出す方法もあります。

アクセラレーター (加速器) ・アクセラレーションプログラム で有名なのは米国の Y Combinator でしょう。アクセラレータープログラムでは、期間があらかじめ設定されており、個々の企業が数週間から数カ月かけてメンターと協力し、自分たちのビジネスを構築していきます。

インキュベーター (孵化器) ・インキュベーションでは、アクセラレーターよりも若い段階の会社を、ハード面・ソフト面から支援します。前者は主に事業に必要なオフィスや機器、機能等を手頃な費用を貸し出すことで、後者は経営や戦略のアドバイスやコーポレート機能の支援などを行い事業開発を支援します。

日本ではVCやCVCが機能としてこれらのプログラムを提供している状況です。企業が実施する独立系のアクセラレーションプログラムも、2016年〜2017年頃はいくつか見られましたが、単発で終わることが多いようです。

結果として、企業が行う戦略オプションとしての新規事業開発は、自社リソース (特に人材) による事業立ち上げを指すといってもよいでしょう。

事業開発のメリット・デメリット

500 startup のレポート では、事業開発を最もリスクの高い戦略オプションと説明しています。

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大企業の新規事業開発の成功率については 明治大学社会イノベーション・デザイン研究所の記事では5%程度、2017年版 中小企業白書 では29%というように、様々な調査や統計が出されています。それぞれ調査の対象や前提が違うため一概には言えないのですが、やはり新しい事業を成功させるのは難しいというのが通説だと考えます。

一方で、うまく成功させることができれば大きなリターンが得られる手法なので、確率ではなく、人材・アセット・論理を活用し、目論見通りの結果が得られるようにしっかりと狙いを定めましょう。

 

買収

買収、いわゆる M&A はもっともコストのかかる戦略オプションです。

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買収 (M&A) のメリット・デメリット

PMI (Post Merger Integration) の実務はあるものの、事業開発や投資に比べると財務諸表上は即効性があり、きちんとしたデューデリジェンスを経ることで買収後の効果もある程度予測できるため、リスクに関してはより低い評価となっています。

とはいえ、事業を買うのか、人材を買うのか。買収後にシナジーを発揮してさらに伸ばすことができるのか。カルチャーフィットは得られるのか。などなど一緒になるからこその難しさやコストを含めてのハードルの高さもあるので、まずは常に案件を探索するケイパビリティを自社内で持つところから始めることになるでしょう。

 

まとめ

今回の記事では、そもそも新規事業開発を行うべき理由の再確認と、目的を達成するためには、あらゆる手段を俯瞰的に評価すべきだということを説明しました。

事業開発以外の戦略オプションとして、エンゲージ・提携・投資・買収 (M&A) があり、それぞれの特徴を簡単に説明しました。

あらゆる状況に対応できる万能の手段はないため、目的やリソース、リスク許容度といった自社が置かれている前提に応じて、適切な手段を選んでいく、というのが基本になるかと思います。

 

謝辞

私が大企業で事業開発に邁進している頃、今回紹介した俯瞰的な戦略オプションを紹介いただき、また記事の掲載にも快く応じてくれた 500 startup マネージングパートナー 澤山 陽平 さんに、この場を借りて改めてお礼申し上げます。

 

↓ オリジナル 

 

1-4-1. 新規事業アイデア出しの方法

はじめに

f:id:naoto111:20180903175318p:plainお世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

ここまで、新規事業開発における「参入領域選定」」という仕事の流れを説明してきました。続いて、参入領域をある程度定めた上での、企画と戦略立案のやり方について書いてみたいと思います。

今回はまず「新規事業のアイデア出し」の基礎にフォーカスします。

 

前置き 

このブログでは、ここまで企画については触れてきませんでした。そのため、読者の方の中には、「企画があってはじめて戦略や領域を検討するのではないか」と違和感を感じていた方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

実際、そういうケースもたくさんあるでしょう。本ブログでも「フェーズ1. 参入領域の決定」にて、事業開発のきっかけは "ひらめき" だったり、会社組織として必要に迫られたりといった、様々なケースかあると書きました。

ただし、ここでは「社内起業家」や「事業開発部門」といった組織内での新規事業開発にフォーカスしているため、比較的説明がしやすく、再現可能なアプローチとして上記のフローを紹介しています。「説明しやすさ」にこだわるのは、次工程である「予算取り」を意識しているからです。

予算が取れないと仕事として意味ないよ、という点については「新規事業を立ち上げるために知っておきたい、たった1つのこと」という記事で触れました。よろしければご覧ください。

 

新規事業アイデアの作り方

新規事業の企画や、アイデアの作り方、というのは無数にあると思いますし、どんなケースでも誰にでも使える万能なものはありません。

ここでは、私が事業開発で使ってきた 新規事業アイデアの出し方 を紹介します。テクニックとしては例えば以下のようなものが挙げられます。

  • 演繹的アプローチ
  • 帰納的アプローチ
  • ジレンマを探す
  • コピーキャット

詳しくはおいおい説明しますが、これらはあくまで手法論であり、テクニックにすぎません。基礎力・筋力にあたるのは「抽象化とリフレーミング」の質だと考えています。

 

抽象化とリフレーミング

大前提はこれ。このスキルです。

「ビジネス」を因数分解して (抽象化)、他の人が思いつかなかった 、もしくは実現できなかった切り口で再構築する (リフレーミング)、という能力の鍛錬です。

用語の説明からいきます。

抽象化

抽象化とは、「考え方のテクニック」で、対象から注目すべき要素を重点的に抜き出して細かい部分は気にしない、という方法です。例えば、ヒト→霊長類→哺乳類→動物→生物という風に、より上位の概念に包括していくことです。

1-4. 市場調査の実務」などで集めた事例や情報、データといった具体的なものから、背景や概念、ロジックといった一般的・普遍的を取り出して応用・転用するという作業の上流はまさに抽象化です。

 

リフレーミング

ちょっと薄い感じですが Wikipedia によると・・・・。

リフレーミング(reframing)とは、ある枠組み(フレーム)で捉えられている物事を枠組みをはずして、違う枠組みで見ることを指す。元々は家族療法の用語。

(中略)

同じ物事でも、人によって見方や感じ方が異なり、ある角度で見たら長所になり、また短所にもなる。 例えば、試験で残り時間が15分あった場合、悲観的に考えた場合は「もう15分しかない」と思うし、また楽観的に考えた場合は「まだ15分もある」と思うであろう。

 リフレーミング - Wikipedia

以下のブログ記事に例が載っていましたので、興味ある方はどうぞ。 

life-and-mind.com

 

現実から本質的課題や潜在的機会を取り出し、新しい切り口で再構築する。これが 「新規事業アイデア出し」 です。ひらめきも壁打ちも1000本ノックも、全てこういった作業の具象化だと言えます。

 

ケーススタディ

実際の事業を例にやってみましょう。

 

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ネットで見聞きしたこともあるのではないかと思われる、4つのビジネスを挙げました。

先ほど、抽象化とは「事例や情報、データといった具体的なものから、背景や概念、ロジックといった一般的・普遍的を取り出す」作業だと書きました。業界もジャンルも全く別々なこれらのサービスですが、共通する概念や注目すべき点を抜き出すことができるでしょうか。

 

例えば、私は以下のように抽象化しました。

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ラクスル は印刷会社の工場にある、稼働していない印刷機を活用して印刷を請け負う。

airbnb は個人の使っていない部屋や設備を貸し出す。

ごちクル は飲食店が昼間使っていない設備を活用して付加価値の高いお弁当を作る。

akippa は個人所有の駐車スペースをネットを通じて貸し出す。

これらのビジネスを知っている方は、このような「遊休資産活用」という共通点を見出すことができたのではないでしょうか。

※ お断り : ここで紹介しているビジネスが、創業から拡大までにおける全てのフェーズで上記に上げた点をKSFとしているわけではありません。例えば、ごちクルは工場での生産も行っていたそうですし、airbnb は専用物件も多いです。

 

また、これらのビジネス全てを「シェアリング」という概念で捉えるとしたら、更に別の切り方で細分化もできます。

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このように、個々のビジネスや事例から共通する上位概念を取り出すことが抽象化というプロセスです。

 

抽象化の意義

何のためにこのような抽象化を行うのでしょうか。

それは、抽象化によって仮説 (帰納的) や KSF (演繹的) を導き出すためです。例えば上記の抽象化プロセスからは、以下のような仮説を導き出すことができます。

 

ケーススタディからのラーニング

例) スマホの普及などで、だれもがインターネットサービスを気軽に使える時代になった。そのため、需要と供給のマッチングが非常にフレキシブルかつ低コストに実現できる。不動産や印刷設備、厨房といったコストが高く資産の回転率が重要な産業において、インターネットを活用したマッチングを行うことで遊休資産の活用ビジネスが次々と生まれている。

 

・・・こんな感じでしょうか。

ポイントは、「シェアリングが流行っている」というような表面的な事象を捉えた一歩先にある「背景」や「理由」を捉えることです。

 

仮説の応用

導いた「仮説らしきもの」を応用することで、新規事業のアイデア創出を試みることができます。

上記の例では「満たされない需要と供給を低コストで解決」と「資産のコストが高く回転率が重要な産業」の2点が満たされる領域なら使えそうです。例に出た以外の不動産や設備、自動車、家具、PC、コンピューティングリソースなど、当てはまる領域はいくつかあるのではないでしょうか。 このプロセスはリフレーミングに当たります。

これまでに出てきた言葉で言えば、「既存の産業を、他所から持ってきた新しい枠組み (仮説) で捉え直す」ということです。

 

リフレーミングは伝えやすい 

余談ですが、このような応用では、事業コンセプトを伝える際、既存ビジネスの言い換えができるため説明が楽です。

 

「僕たちのビジネスは、要するに自動車の airbnb です」

「僕たちのビジネスは、要するにメガネの ラクスル です」

 

・・・まあ、みんな考えてるんですけどね。

 

ちなみに、先程出てきた「低コストで解決」というアプローチはクリス・アンダーセンのFREE (フリーミアムモデルで有名) を読むとより本質的に理解できます。同書では「"ほぼ無料" なりソースを湯水のように使うことで、代替不可能な価値を生み出す」というような表現で説明されていました (たぶん)。Google の最大化戦略などもこの理屈で説明でき、インターネットビジネスの基本ではありますが、深く腹落ちしておく価値はあると思います。

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新規事業アイデア出しの、帰納的アプローチ

冒頭で新規事業のアイデア出しにはいくつかのテクニックがあると書きました。

  • 演繹的アプローチ
  • 帰納的アプローチ
  • ジレンマを探す
  • コピーキャット

今回、ケーススタディで行った方法は上記のうち、「帰納的アプローチ」に当たります。

図 : 新規事業アイデア出しの帰納的アプローチ

新規事業アイデア出しの帰納的アプローチ

帰納法とは、さまざまな事実や事例から導き出される傾向から結論につなげる論理的推論方法のことです。事実や事例を元にすることから、納得感を与えやすく、取り出したアイデアを説明しやすいという特徴があります。

 

まとめ

本エントリでは、新規事業アイデア出しにおける重要なスキルとして「抽象化」と「リフレーミング」を紹介しました。

また、ケーススタディではラクスル・ごちクル・airbnb・akippaといった、異なるジャンルから共通する概念を抽出し、他の産業に当てはめてみました。併せて、その方法が帰納的アプローチであることに触れました。

 

最初にも書いた通り、新規事業のアイデア出しにはあらゆるケースに当てはまる万能な方法はありません。それでも、現実をつぶさに観察し、日々、抽象化する能力を身につけることで気づきや応用の幅はグッと広がるはずです。また、そういった地道なトレーニングこそが、新規事業開発という現場で戦っていくための基礎体力作りになります。

知識としておもしろかった、ためになった、というだけにとどまらず、ぜひ実践を通して皆様の事業に役立てていただければ幸いです。

 

個別のご相談・お仕事の依頼は inquiry@karmanline.co.jp まで。
それでは、よろしくお願いいたします。

 

 

 

市場調査の際に見ておくべき4つのポイント

前回の振り返り 

お世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

この章では、新規事業開発における参入領域の検討の選定に関する流れを説明しています。前回記事では、新規事業として参入する領域を探すための市場調査について具体的な手順について書きました。

 今回は、調査する市場やビジネスドメインの可能性を評価し、参入の意思決定を行うために見るべきポイントや考え方を説明します。

 

見るべきポイント

①市場の成長性

シンクタンクやコンサルティング会社などが独自調査に基づく成長市場のレポートを公開していますので検索してみましょう。基本的なやり方は以下記事にて紹介しているので参考にしてください。

 

例えば、アスタミューゼ社が運営する asta vision では成長市場として、人工知能・生体情報デバイス・機械学習・深層学習・IoT/M2M・MEMS・太陽光発電・高度運転支援・自動運転・がん医療・音声認識・二酸化炭素の回収/貯蔵・3Dプリンタの医学応用・人工筋肉といった領域を挙げています。

 

テーマとして、上記の例ほど広くなくても、既存市場セグメントの中でリプレイスが進んだり、高い成長率を示している領域は見つけやすいものです。参考として、MVNO市場が立ち上がった時期の通信市場のレポートを以下に紹介します。

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成長している市場で、正しいポジションを取り、正しい戦略を、正しいリソースを持つチームが高いレベルで実行すれば、成長するのは当然かもしれません。

 

調査領域が成長市場であった、分析・検討の論点は「勝てるかどうか」に移ります。市場調査や分析においても、既存プレイヤーの分析とそれに基づく競争戦略の策定、潜在的なポテンシャルの評価などが重要になります。

逆に、停滞している市場はシェア争いが厳しくなるので、以前取り上げた環境分析に加え ファイブフォース分析 - Wikipedia を行うなど、ポジショニングや差別化、参入障壁の確立といった戦略の重要性が高まります。

縮小市場では、残存者利益獲得の可能性や、市場のリプレイスを考えます。

 

②デジタルシフトの可能性

2000年代以降、インターネットやデジタル技術が引き起こしたパラダイムシフトにより、多くの産業でカオスマップが書き換えられてきました。逆に言えば、デジタル化が遅れている領域にはチャンスが眠っている可能性があります。

以下の図は、2015年頃に起こった通信教育市場のデジタルシフトを表したものです。

 

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「紙」が中心だった小学生向けの教育市場に、 アプリやタブレットといったデジタルのイノベーションが起こり、グレー (図中) の領域から赤 (図中) の領域へのシフトが起こりました。

このシフトは、新しい市場が立ち上がってからプレーヤーが決まるまで数年という短いサイクルだったため、前述の「成長市場」で紹介したようなレポートから検知することは難しかったでしょう。

 

このような市場における潜在的なチャンスは、以前ほ本ブログで紹介した、「リ・インベンション」のようなアプローチであぶり出すことができるかもしれません。

 

リ・インベンション―概念(コンセプト)のブレークスルーをどう生み出すか

リ・インベンション―概念(コンセプト)のブレークスルーをどう生み出すか

  

③先進テクノロジー

調査対象市場にイノベーションを起こすような、新しい技術がないかを調べます。

市場調査の中で見つかることもありますし、技術からの切り口だとガートナー社が毎年出している「先進テクノロジのハイプ・サイクル」なども有名です。

 

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先ほど紹介した asta vision でも、『未来を創る技術分野』として、事業化・社会実装の 加速を目指して策定された28分野を公開しています。

その中から、5-10年以内に実現すべき新産業創出に資する次世代の基盤技術とされている12分野を紹介します。

⑩3Dスキャン・3Dプリント・実体ディスプレイ
⑫リモートセンシング
⑭ロジスティックス・流通テクノロジー
⑮暗号化・電子透かし
⑯市場予測・未来予測
⑲MEMS・マイクロマシン・組込システム
⑳クラウドサービス (IaaS・PaaS・HaaS等)
㉑ストレージシステム
㉒ビッグデータ・データマイニング
㉓音声認識・音声合成
㉔画像認識システム
㉕高性能コンピュータ

『未来を創る技術分野』astavision

 

このような、 新しい技術によるイノベーションは新規事業開発の大きな検討項目の一つですが、ハイプ・サイクルで「過度な期待のピーク」から「幻滅期」を乗り越えると項目数が一気に下がっているように、その技術が浸透・定着するかどうかという面ではリスクもあります。

バズワードやトレンドに踊らされることなく、技術の進歩が市場に与える影響やその背景といった本質をしっかりと掴めるようにしましょう。

 

④市場タイプと変化

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以前の記事で、「市場タイプ」や「変化を問う視点」を紹介しました。

リ・インベンションの中では、本ブログでも扱う「参入領域を探すための市場調査」を「標的探索」と表現した上で、例えば以下の切り口で市場の再セグメント化を検討する具体的なアプローチが提唱されている。

  • 誕生してから25年以上経過している
  • 技術の変化を問う
  • ニーズの変化を問う
  • 取り残された人を見つめてみる
  • 忘れ去られた機能を見つめてみる
事業開発で狙いやすいのは「再セグメント化」

よろしければ併せてご確認ください。

 

 まとめ

本エントリでは、新規事業開発において参入領域を探す市場調査を行う際にみるべきポイントとして「成長性」「デジタルシフトの可能性」「先進テクノロジー」「市場タイプと変化」を提案しました。

これらは「1-2. 環境分析」の段階でSWOTの「機会 Opportunities」として認識されていることもあるでしょうし、PESTの「Technology」として認識されているかもしれません。 

多くの場合、それらは競合にも同様に認識されており、それ自体が競争力になるわけではありません。

技術や変化に対する事業開発担当者の洞察、アセットやリソースなど自社の強みと結びついた時の模倣困難性、事業戦略の強さ、執行するチームのレベルなど、単独の技術を競争力に変えるのは、他ならぬあなたなのです。

 

繰り返しになりますが、バズワードやトレンドに惑わされることなく変化の本質をしっかりと見つめ、あなただけの強いビジネスを生み出していただければ幸いです。

 

■目次

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1-4. 市場調査の実務

 

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お世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

この章では、新規事業開発における参入領域の検討の選定に関する流れを説明していますが、前回の記事では環境分析にフォーカスし、投資家の意図を汲みつつ「事業をやるべき理由」をすり合わせる意義と方法について書きました。

 

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今回は、その流れを踏まえて「事業開発における市場調査実務」について説明します。

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市場調査とは

参入領域となる市場の選定に先立って、まずはどんな可能性があるかを知らないことには始まりません。事業開発における市場調査の実務について説明していきます。

市場調査の流れ

  1. インターネットリサーチ
  2. 市場調査データの入手
  3. 公開されていない情報の収集
  4. 調べた内容の分析 (次回)

インターネットリサーチ

まずはコストのかからないインターネットリサーチから行うのが手軽でしょう。

過去記事 (1-1. 投資家の嗜好性把握 (前編) - 新規事業開発の実務) で説明したように、企業が行う事業開発は、経営者や市場環境といった外部からの要請に基づいて始まることが多いため、「インターネットビジネス」や「クルマ関係で何か」とか、「メディアやりたい」といった、事業開発の前提になんらかの指定があることが多いでしょう。

それらのキーワードを元に広く検索し、ビジネス系のニュースをザッピングしていきます。

 

私の過去の経験では、「アメリカで流行っているインターネットビジネスで、日本に輸入できそうなもの」というお題で調査を開始したことがあります。いわゆるタイムマシンビジネスというやつです。このような場合でも、背景にある投資家の嗜好性を推察しておきましょう。インターネットビジネス好きは設備投資を嫌う、成功モデル輸入はリスクに対して慎重、などなど、ボスを理解するヒントが詰まっています (1-1. 投資家の嗜好性把握 (後編) 参照)。

 

一番困るのは「儲かればなんでもいい」というものです。そういうスポンサー・クライアントの時は額面通りに鵜呑みにせず「あれやっておけばよかったなー、と思うビジネスありますか?」「最近注目しているビジネスってなんですか?」などと突っ込んで嗜好性を把握しておきましょう。

お金をかけるからには、なんでもいいなんてことはありえません。後からあれやだこれやだ言われるのは目に見えています。

 

担当者としては、ただ漫然と情報を収集するよりは、常に「チャンスがありそうかどうか」常に問いながらの調べる方がよいでしょう。能動性は記憶の定着を助けますし、チャンスは変化に潜んでいるので、当該領域でどのような変化が起こっておくかを把握しようと努めたいものです。

 

■参考記事

blog.karmanline.co.jp

 

インターネットニュース

最も手軽で、役に立つ調査対象だ。事業開発では変化や進化のタネを見つけたいので、保守的なメディアより新しいもの好きなメディアを探しましょう。

 

SNS

対象業界に詳しそうな人をフォローして流れ来る情報を眺めましょう。Twitterをやっている有名人は、DMを送ると相手にメリットがあるオファーなら会ってくれることもあります。ある程度調査を重ねて、業界に詳しくなってからアプローチしましょう。

 

無償公開されている調査資料

検索で「○○ 市場規模」とか「 ○○ ホワイトペーパー」とか入れると見つかります。後述する矢野経済や富士キメラの他にも、マクロミルなどは積極的に自主調査データを公開しています。

海外だと Slide Share のスライドも豊富です。その場合でも、検索語句を英語にするだけで、基本的にやることは同じです。

 

特にありがたいのは、銀行やシンクタンクが発表しているレポートです。情報の質が高いので目的の領域でいいのが見つかれば儲けものです。ただ、政策投資銀行などいろいろな理由でいろいろなバイアスがかかっている資料も少なくないので「おかしいな?」と思ったら出典を探ってきっちり裏とりをしましょう。

行政が出しているデータ

教育・金融・交通・ヘルスケア・など、事業に関係する法律のある領域は行政が出している情報もチェックしておきましょう。

例えば経産省だと以下のようなページから探せます (実際はググった方が早い)。

 

審議会・研究会(METI/経済産業省)

 

このような審議会には業界で高いシェアを誇る企業がレポートを提出したりしていて、業界の動向を知るには非常に役に立ちます。また、ヘルスケアなど規制が命取りになりかねない領域であれば必ず一応チェックしておこう (1-2. 環境分析 参照)。私の経験では市場が立ち上がる前からさっそく既得権益者保護の話が出ていて背筋が寒くなることもありました。

IT業界に関係ある分野だと、スマートフォン端末への条件付き薬事法適用など興味深い話題が転がっている可能性もあります。

 

インターネットアンケート

コストがかかるので、この時点ではまだ使わなくて大丈夫です。参入領域を決めて、潜在ニーズ、サービス受容性や価格受容性などが気になった頃に使います。

 

市場調査データの入手

インターネットで浅い情報を収集し、ピンとくる領域があったら、続いて市場調査データを購入します。

主に以下の狙いがあります。

 

  • 競合と知識レベルを合わせる
  • 業界全体が伸びているのか、停滞しているのかを知る
  • 参入障壁の高さを知る

 

有償レポート

有償レポートはいろいろありますが、振り返るとなんだかんだで結局いつも矢野経済研究所の市場調査データを買っているような気がします。10万円〜20万円くらいとそれなりのお値段ですが、圧倒的に時間の節約になります。

また、ついでに「発刊予定マーケットレポート」という項目をチラ見しておくといいでしょう。

矢野経済のクライアントは国内大手企業なので、発刊予定を見ると、どんな業界でどんな分野が注目されているのかが漠然とわかります。そのような注目を集めている領域は領域はたいていビッグサイトなどで展示会 (なんとかExpo、みたいな) をやっているので、併せて見に行くとトレンドの把握が捗ります。

 

オンラインツール

最近だと、ちょっと高いが SPEEDA のようなオンラインツールでも業界の概要を知ることはできます。こちらは事業開発担当者というか、リサーチ部門や営業部署など、恒常的に複数の業界動向をウォッチしなければならない部署に向いています。一応、お金を払えばスポットでのリサーチもしてくれます。

まあまあ安くて、そこそこ使える、というレベルです。自社の人件費が高い場合は使ってもよいでしょう。

 

 他にも、ネットレイティングスやビデオリサーチなど、有償で買える情報はたくさんあります。高価なものもあるが、財布と相談しながら必要に応じて使いましょう。

 

書籍

前述の業界レポートは過去の情報だが、半歩先の情報は書籍で見つかります。また、調べているエリアが未知の業界であれば、業界知識は書籍でしっかりと身に付けておきたいものです。

市場調査も後半になると勉強会やセミナーなどで業界の人と交流することになります。業界の基礎知識や用語がわからないと情報が引き出せないですし、トレンドを理解していることで話題も膨らみやすく、人脈にもつながります。

 

公開されていない情報の収集

ここまでの情報はデスクでできるものを紹介してきましたが、より肌感をもってターゲットとなる市場を深く理解するために、調査段階から業界に身を投じることをおすすめします。

 

業界のセミナー・勉強会

ググればたくさん見つかります。有償のものと無償のものがありますが、時間が許せば両方参加しておきましょう。 

 有償の会合はプロフェッショナルが多く、深い話を聞くことができます。また、セミナー後の交流会でも実体験に基づいた「業界の今」が聞けるため質が高い傾向にあります。人数も少ないため、登壇者と会話もしやすく、仲良くなりやすいでしょう。

 無償の会合は「その業界をウォッチしている人」がたくさん押しかけるので、PR色が強く、内容もより浅いものなります。会合のテーマがおもしろくないと無駄足になることもあるかもしれません。メリットは、有償の会合に比べて参加者が多く集まるので幅広い人脈ができる点です。

 

企業とのビジネスコミュニケーション

ちょっとわかりづらいかもしれませんが、要するに事業承認が降りているつもりで様々な企業とやり取りしましょう、ということです。

 例えば、教育市場に参入しようと考えていたら業界の人脈を使って事業者、大学、出版社などに会いに行き、事業構想を話してリアクションを見ましょう。当然、相手にメリットのある話でないと会ってもらえないため、三方良しになる営業資料・トークをきっちり作る必要があります。人の時間を消費するだけで、手前の利益だけ追求するようなマインドだと商売はまわりません。

 

「市場調査でそこまでやるの?」と思われるかもしれませんが、事業化が決定したら数千万円〜数億円のお金をかけるのです。後悔しないためにもできることはすべてやっておきましょう。

 

ちなみに、人に会うのはベンチャー企業やスタートアップより、大企業の方が圧倒的にやりやすいです。大企業の事業開発は合意形成や人事など、大変な部分も多いので、使える武器はすべて使って大人の戦いをするよう心がけましょう。

 

(以下の記事も参考になると思うのでよろしければどうぞ)

 

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 まとめ

参入領域は簡単には絞れないため、最終決定まではいろんな業界で調査と検討をなん往復もすることになります。やればやるほど勘所もわかってくるでしょうし、調べた知識は無駄にならないので、成長のためと思って、好奇心を発揮して楽しんでやりましょう。

次回、調査内容の分析までが「市場調査」になります。アウトプットのないインプットは仕事ではありません。

読んで、見て、聞いた内容を整理して自分たちの時間とお金を投資する価値があるか見極めましょう。

 

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市場調査とマーケティング調査 (余談)

リクルートでゼクシィやフロムエーを立ち上げた くらたまなぶ 氏によれば、「市場調査」とは基本的に過去を調べ学ぶ作業で、「マーケティング・リサーチ」「マーケティング調査」のような言い方をする場合はまだよくわからない「未来」についてその可能性を手探りで調べるというようなニュアンスになるそうだ。

MBAコースでは教えない「創刊男」の仕事術

MBAコースでは教えない「創刊男」の仕事術

 

事業開発の現場ではそこまで厳密な使い分けはなされていないが、参入を決定するための市場調査というと基本的には過去から学ぶ作業を指して「市場調査」と言う。

 

あるサイトで「市場調査は統計学的に、マーケティングリサーチは国語的に市場を検証すること」という記述を見かけた。この表現はしっくりくる。

 

 

1-2. 環境分析

前回までの流れ 

お世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

前回・前々回の記事で「投資家の嗜好性を探る」ことの重要性を説明しました。 

1-1. 投資家の嗜好性把握 (前編) - 事業開発の実務 - Karman Line
1-1. 投資家の嗜好性把握 (後編) - 事業開発の実務 - Karman Line

 

併せて、その理由は社内起業家や事業開発担当者にとって投資家・スポンサーは「所与の条件」であるためと述べました。

 所与の条件を理解したら、続いて自分たちの置かれている状況を把握するために「環境分析」を行います。

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環境分析

環境分析とは、前述の通り自分たちが置かれている立場を客観的に理解するために行います。一応、それっぽいサイトの解説も引用しておきます。

環境分析とは、企業を取り巻く内部・外部の経営環境を分析すること。

競合を制するためには、的確な環境分析が欠かせない。状況を正確に把握し、必要な情報を取捨選択し、それらを深い洞察力をもって解釈することにより、市場の機会と脅威を見出し、戦略課題を抽出するのである。

環境分析は、大きく外部分析と内部分析に分かれる。このうち、外部環境である顧客分析(Customer)と競合分析(Competitor)、および内部環境である自社分析(Company)の3つをまとめて3C分析と呼ぶ。 これに、外部環境分析であるマクロ環境分析を加えた4つが、主な環境分析である。

環境分析とは・意味|MBAのグロービス経営大学院

 環境分析は、プロパー社員が自社について行う場合と、クライアントワークや中途入社で土地勘のない業種・業界にアサインされた担当者が行う場合で若干目指す部分が違います。 

事業開発を行う企業のプロパー社員が行う場合

客観的分析により内部環境に対する経営陣・社員が持つバイアスを中和するとともに、社内の事業開発に対する合意形成を行いう易くします。

言うなれば、事業開発の必然性について合意を取る、ということです。

クライアントワークで行う場合

クライアントとの間で前提情報のすり合わせという意味で非常に重要です。

このステップを省くと事業開発の「WHY?」、つまり「なぜわざわざリスクを負ってコストをかけて、自ら新しい事業を開発するのか」の部分が揃わないので枝葉末節の議論で折り合いがつかない時にその原因を認識できません。

スタートアップが行う場合

スタートアップの場合は投資家にアピールするための自分たちの強みや、売り込むための世の中のトレンドなどを確認しておくと良いかもしれません。

使用するフレームワーク

私はだいたい SWOT分析 (参考 : Wikipedia) PEST分析 (参考 : リコーのマーケティング) で済ませます。

3C分析ファイブフォース分析 (参考 : Wikipedia) はどちらかというと既存事業、既存市場を狙う場合に有効だと考えており、新規事業開発ではあまり使いませんでした。そもそも参入領域も不明で、競合が何になるか不透明なのが事業開発なので、あまり具体的な分析は検討初期段階にはフィットしません。

 SWOT分析

「SWOT」でググるとたくさんでてきますので、あまり細かい説明はせずポイントだけ解説します。

SWOT は 以下4つ単語の頭文字から成り、内部環境と外部環境をそれぞれ ポジティブ / ネガティブ で切った四象限のマトリックスです。

  • Strengths (自組織の強み)
  • Weaknesses (自組織の弱み)
  • Opportunities (外部環境に存在する機会)
  • Threats (外部環境の変化による脅威)

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本ブログでこれまで何度か指摘してきているように、社内起業家が行う事業開発は投資家・スポンサーを後から変更することができないため、前提条件である内部環境や、投資家・スポンサーの置かれている外部環境を理解することは非常に有用です。

「分析」というとなんだかおおごとな印象を受けるかもしれませんが、やることはシンプルです。あまり時間をかけず、サクッと終わらせるようにしましょう。

例として、2012年頃、ガラケー向けプラットフォームから iOS や Facebookゲーム市場が勃興してきたころの DeNA のSWOTを想像で作ってみました。

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コンサルや受託開発の現場では、営業フェーズで他社 (クライアント) のSWOTを作ることも少なくありません。IRやプレスリリース、市場調査などの情報を元に、内部環境を想像することも練習になります。

基本的には事実に基づいた分析を行うフレームワークですので、できるだけ客観的な数字や根拠を集めるようにしましょう。

何のためにSWOTをやるのか

ここは繰り返しになりますが、事業開発を行う背景について投資家・スポンサーと認識を揃え、これから企画する事業の必要性・正当性の根拠を求めるために行います。端的に言えば「やらなければならない理由作り」です。

「やらなければならない理由」はポジティブ・ネガティブどちらもあります。

前述の例を前提に考えるならば、「モバイル環境が国内・海外どちらも伸びているので○○事業をやるべき」という提案にもできますし、「新しいプラットフォームでは既存の利益率を維持できないため、対策として○○のような事業をやるべき」という提案にもできます。

いずれにせよ、「担当者であるあなたが単にやりたい」のではなく「会社としてやるべき大義が合理的に説明できる」ことが大切です。

PEST分析

PSETは、以下4つの単語の頭文字から成り、事実に基づいた外部環境の分析になります。

  • Politics(政治)
  • Economy(経済)
  • Society(社会)
  • Technology(技術)

外部環境という意味では、SWOTの Opportunities と Threats を政治・経済・社会・技術の切り口から分解したものという見方もでき、この2つの対象領域は重複します。

詳しく解説しているブログがあったので紹介しておきます。

 

PEST分析のやり方とコツを事例で学ぶ | マーケティング用語集

 

事業開発において、それぞれの領域がどのような意味を持つのかについて解説します。

Politics

新規事業と政治はあまり関係がないように思われるかもしれませんが、参入領域によっては非常に重要になってきます。

例をいくつか挙げます。 

ヘルスケア

健康系のメディアや、健康食品販売、ヘルスケア系アプリ開発などでは薬事法について調べることが多いでしょう。

近年では、従来の薬事法が改正されて「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、医薬品医療機器等法)」となり、2014年11月25日に施行され特定のソフトウェアが薬事法の規制対象となりました。規制は、新規ビジネスにとってネガティブに働くこともあれば、既存事業者には参入障壁として有利に働くこともあります。

また、労働安全衛生法の一部を改正する法律により新たに設けられた制度により、2015年には事業者に労働者のストレスチェックと面接指導の実施等を義務化され、関連市場が立ち上がりました。

このように、法改正によって影響を受けやすい業界は関連省庁や委員会の動向を調べ、脅威を避け機会を得られるように立ち回りましょう。

金融

Fintechに沸く金融業界も、規制に注意の必要な業界です。

例えばクラウドファンディングは金融商品取引法 (金商法)、保険の販売サイトなどでは保険業法 などに関する基礎知識と動向を抑えておく必要があります。

中でも、仮想通貨に関する行政の動向はこの数年動きが活発になってきており、金融庁のWEBサイトなどで現状を把握するだけでなく、有識者に今後の見通しをヒアリングするなどの基礎調査は必要でしょう。

自動車産業

Anyca のようなC2Cカーシェアや、Smart Drive のような運行管理サービス、私が以前担当していた NOREL など、新ビジネスの勃興が目立ち始めた自動車産業ですが、道路交通法を始め、国交省の認可事業 (自家用自動車有償貸渡業等) 等、巨大産業だけに関連する規制も多いので調べておいた方がよいでしょう。

また、自動運転関連ではジュネーブ条約やウィーン条約の改正も議論されており、国際動向が注目されています (以下、参考記事)。

他にも、2000年代に総務省の勧告によりSNSでやり取りされるメッセージの有人監視が義務付けられたり (C向けSNS業者の多くがコスト増や撤退を余儀なくされ、長期的にはFacebook や LINE の活性化につながった)、新しいビジネスは規制緩和や規制強化の影響を受けやすいです。

サービス開始後に足元をすくわれないよう、しっかりと状況を把握しておきましょう。

 

Economy

事業を興そうと企てる限り、経済状況の把握は間違いなく必要です。

国際的なビジネスであればマクロな経済環境、国内をターゲットにするのであればマーケットのセグメント別に経済動向を把握しておきましょう。

Society

社会の動向というのは切り口も多く捉えどころの難しい観点ですが、例えば震災後の社会における意識の変化 (第2節 震災後の国民意識の変化 - 国土交通省) や、SNSの普及やデジタルネイティブの感受性の違いといった大きなトレンドは抑えておいた方がよいでしょう。 

Technology

テクノロジーの変化は新しいビジネスの呼び水となるので、常に注目しておくべき領域です。

事業開発では、前提条件 (投資家の嗜好性や自社の立ち位置) によってある程度対象を絞って継続的にウォッチします。

自動車産業の例

例えば、自動車産業であれば「自動運転」というひとつのトレンドがあり、テクノロジーという粒度だと、ディープラーニング (画像認識) 、強化学習 (ソフトウェア) 、GPU/FPGA (大規模並列処理)、ビッグデータ (プローブ情報活用)、IoT (クルマが Thing なので)、エッジコンピューティング (路車間通信) 、などに分解することができます。

テクノロジーは世に出るため、産業・ビジネスとの邂逅を待っています。ビジネスサイドからのアプローチは歓迎されることが多く、新しいコラボレーションが生まれる可能性もあり、実現すれば差別化にもなるので積極的に探索したいものです。

まとめ

今回、環境分析は、自分たちの置かれている環境を俯瞰して把握するという実質的な効果の他に、投資家と目線を合わせ、「事業をやる理由・必然性」を合理的に説明する目的があるということを説明しました。

また、事業内容の確定前段階では事実に基づいた整理・分析が主であり、最低限 SWOT と PEST をしておけば十分であろうという提案をしました。

環境分析はあくまでも事実の俯瞰的な確認なので、あまり深入りしたり、細かい部分にこだわることなくスピーディーにさらっと終わらせるべきと考えます。

一方、環境分析でそこそこ広く浅い調査・分析をしていく中で、有力な参入領域が見つかることも少なくないものです。調査に使えるリソースもコストであり、有限であることを自覚し、鵜の目鷹の目を使い分けて効果的にビジネスチャンスの探索を行えるよう心がけましょう。

 

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1-1. 投資家の嗜好性把握 (後編)

お世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

前回、「社内起業家が、顧客より上司を優先すべき理由」という、若干あおり気味のタイトルで事業開発のドメイン検討におけるオーナーシップ理解の重要性を説明しました。

 

■前回記事

 

社内起業家や BizDev による事業開発の現場では、投資家・スポンサーを変えることができないため、最初からその意向をきっちり汲んでおくことで、その後のスムーズな意思決定を実現することができるでしょう。

一方で、いかに投資家・スポンサーの意図を的確に汲み取り事業化にこぎつけたとしても、その後エンドユーザーや市場に製品・サービスが受け入れられなかったら元も子もありません。

投資家を見るべきか、マーケットを見るべきか。今回は、事業開発担当としてのこのあたりの立ち回り方について説明します。

 

理想的なパターン

事業開発担当が「これだ!」と思った仮説に、投資家やスポンサーといった事業オーナーが「確かに」と納得して承認。リリースしてみたところ思惑通りに市場ニーズがあった。

これが理想的なパターンです。 

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市場の潜在ニーズを捉えていた場合、成功するかどうかは執行のレベルにかかっています。そこまでたどり着くことができたなら、事業開発としては一定の結果を出したと言ってもよいでしょう。

 

事業開発担当のアイデアが、事業化に至らないパターン

社内起業家が、顧客より上司を優先すべき理由」で指摘したのがこのパターンです。事業開発担当が「これだ!」と思ったビジネスが事業オーナーの見立てと噛み合わず、事業化承認が降りないというケース。

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事業開発担当者が、調査やテストマーケティングの結果、どれだけ価値仮説に確信を持っていたとしても、事業化に至らなければその仮説は永遠に検証不可能です。

 これは事業開発担当者の企画が未成熟なケースはもちろん、社内のネゴシエーション経験が浅く、決定権限者とのすり合わせがうまくいかない場合に発生します。また、事業オーナーの好みと事業開発担当者の企画が合わない (いわゆる相性) 場合などもあるでしょう。

いずれにせよ、企画を世に出すことができなければ事業開発担当の実績としてはゼロになるため、サラリーマンとしてはこのハードルを超えることが最初のチャレンジとなります。

 

事業化したものの、ニーズがないパターン

次のパターン。

事業オーナーの意思を汲み取り、承認を得て事業化したものの、ニーズがなかった、ということもあり得ます。

このパターンは、本当にニーズがなかったのか、執行のレベルが低くて捉えきれなかったのかは最後まで判断できないものの、ひとつのトライアルとしては価値があったと言えるでしょう。

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事業オーナーの観点で注意したいのは、会社の意思決定権が強すぎることで、事業開発担当が市場ニーズではなく、自分 (意思決定者) の方を向いていないか、という点です。企業の社内コミュニケーションにおいては、現場担当者は意思決定者の好みを分析し、それに合わせるということが、ごく一般的に行われています。

事業開発担当者は、正しい調査やテストマーケティングを通して徐々に潜在ニーズについて「手触り」を持ち始めます。つまり、意思決定者が持っていない情報を持ち始めるということです。意思決定をする方は、この情報の非対象性を考慮した上で、事業開発担当者の価値仮説に耳を傾けるよう心がけましょう。

 

事業開発担当者にできること

事業開発担当者ができることとしては、「理想的なパターン」を目指しつつ、まずは事業化までこぎつけること。そして事業化後にピボット (参考 : 「ピボット」とは? ) できる余地を残しておくことです。 

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事業化承認を得て初めて、「リーン・スタートアップ」や「顧客開発 ―「売れないリスク」を極小化する技術」といったスタートアップのテクニック・ノウハウが活かせる状況になってきます。

とは言え、油断してはいけません。スタートアップと同様、予算や資源が枯渇する前に潜在ニーズの特定を行わなければ、シードステージのスタートアップと同様に事業を継続することはかなわないでしょう。

 

まとめ

事業開発においては、事業開発担当自らが調査やテストによって正しい価値仮説を導けるだけでなく、事業オーナーとのすり合わせや交渉を通じて事業化までたどり着くこと、そしてその後は潜在ニーズの探索を自らリスクを取って執行するフェーズに切り替えることを説明しました。

これらは単純な力学ですが、例えば受託開発の現場などクライアントワークでも同様のジレンマが存在するため理解しておいて損はないと思います (これらの現場では他にゼロサムゲームの中でアウトプットが均衡する力学が存在するため、機会があれば紹介したいと思います)。

 

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事業開発で狙いやすいのは「再セグメント化」で生み出せるマーケット

 

 

社内起業家が「参入領域を探す」際に投資家の意向以外に何か手がかりはないだろうか?

 

シリアルアントレプレナーであり、スタートアップ理論の教育者でもあるスティーブン・G・ブランクは、著書の中で以下のように述べている。

すべてのスタートアップが同じであるかのように考え、行動するのは戦略的な間違いである。同様にあるスタートアップでうまくいった戦略・戦術は他のスタートアップにも適切であるという考えも誤りである。なぜなら、市場タイプ (後述) によって企業がすべきことは全く異なるからだ。

アントレプレナーの教科書 より

 

スタートアップが攻略を目論む市場にはいくつかのタイプがあり、それぞれで「成功するための要件」が異なるという。 

このブログで扱っているテーマは社内起業家が扱う「事業開発」だが、スタートアップの戦略論から、事業開発においてどのような市場を狙うべきか考察してみたいと思う。

 

市場タイプを把握しよう

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アントレプレナーの教科書[新装版]

アントレプレナーの教科書[新装版]

 

※「紹介したアントレプレナーの教科書」 だが、内容的にはややB向けビジネスに寄ったものになっている。C向けビジネスを検討する際はちょっと違うかもしれない。

 

新規市場

上記でいう「新規市場」というのは、いわゆる「破壊的イノベーション」にあたる事業である (実際に著書の中でブランクがクリステンセンの意見に触れている)。新規市場における事業開発のゴールは「全く新しい市場を創造する」ことである。

 

例えば「スマートフォン」というカテゴリとその経済圏を生み出したしたAppleや、SNSやマイクロSNSを生み出した FacebookTwitter もこの市場タイプにトライした成功者と言えるだろう。

これらのイノベーションは、観察者の優れた洞察とテクノロジーが噛み合わさった時に具現化するものだが、全く新しいがゆえに他者は理解できないと言われる (イノベーションのジレンマ)。

以下の記事で紹介したとおり、事業開発の現場では投資家を変えることはできないので、よほど理解のあるスポンサーの元で仕事をしているか、常識を超えた理論を説得させるプレゼンテーションや交渉ができないとしたら難易度が高い。

 

 

端的にいうと、イノベーティブな組織に所属しているか、上司がイノベーターか、どちらか出ない限りこの市場タイプを企業の事業開発部門で扱うのは難しい。 

逆に、アグレッシブなスポンサーであれば未知なる新規市場に関する洞察や魅力的なトークをとりあえずは聞いてくれるかもしれない。

 

既存市場の再セグメント化

「既存市場の再セグメント化」 とは、すでに顧客がお金を払って成立しているマーケットが、新しい切り口 (製品・サービ) の登場によって侵食されるするものだ。

 

先程紹介した アントレプレナーの教科書 では、低コストでの参入の例として、徹底的に省力化で実現した低コストを武器に航空業界に参入したサウスウエスト、さらにその後で路線を絞ることで高品質低コストを実現したジェットブルーのが掲載されている。

ニッチの例としては、大手が商圏に満たないとして無視していた小規模な街を積極的に攻略し、急成長したウォルマートの事例を挙げた。

 

これらは確かに発想の転換であるが、伝統的な競争戦略 (STP) に近い考え方であり、社内外のビジネスマンにも理解されやすい。 

 

リ・インベンション

日本国内では神戸大学三品和広先生が、イノベーションに代わるアプローチとして市場の最セグメントの可能性を指摘している。著書では「イノベーションは泥臭い」「イノベーションは儲からない」などとした上で ("いついかなるときも等しく有効とはいえない")、成熟期にある市場では「新しい価値基準を打ち立てる」アプローチを勧めている。

 

成熟期に入った日本で、イノベーションの代わりに何に力をいれるべきなのでしょうか。 (略) 日本企業が新しい挑戦に立ち向かうなら、従来のパラメーターを忘れて、新しい価値基準を打ち立てなくてはなりません。新しいパラメータを追加する程度では駄目で、そもそも測定可能な客観指標を捨てる覚悟が要るのです。 (略) 変わらないコンセプトと変わる技術、または変わらないコンセプトと消費者ニーズの中で大きなギャップが生まれたところでは、従来の枠内でイノベーションに挑むより、コンセプト自体の改訂に立ち向かう方が得策となるのです。

リ・インベンション―概念(コンセプト)のブレークスルーをどう生み出すか

 

 

リ・インベンションの中では、本ブログでも扱う「参入領域を探すための市場調査」を「標的探索」と表現した上で、例えば以下の切り口で市場の再セグメント化を検討する具体的なアプローチが提唱されている。

 

  • 誕生してから25年以上経過している
  • 技術の変化を問う
  • ニーズの変化を問う
  • 取り残された人を見つめてみる
  • 忘れ去られた機能を見つめてみる

 

同書の後半では、これらの仮説を事業として推進するためには人事制度・評価制度といった企業体質から根本に見つめ直すべきという提言がなされているが、ハーバーMBAで教鞭をとったこともある同氏の、日本の組織の成り立ちや合理性を踏まえた上での提言は非常に重みがある。購入した方はぜひ最終章「第9章 企業改造へのヒント」を読んでいただきたい。

 

一方で、賞味期限が切れ始めた「日本企業」の改造にも手を付けていかないと、中長期の展望が描けません。 日本企業を際立たせる最大の特徴は「全員経営」に求めることができます。最初の柱は「遅い昇進」です。 日本企業はブルーカラーをホワイトカラー化して、昇給・昇進への道を開き、現場従業員のエネルギーが前に向かうように仕向けたのです。さらに戦後の日本企業は「遅い昇進」に「頻繁な小幅の異動」を組み合わせました。 異なる上司の評価が同じ傾向を示すと、気が合わなかったとかいう言い訳が通りません。

上記のような戦略をとり、ミスを徹底的に排除する「合議による経営計画」が、なぜ欧米企業の逆襲にあって負けたのか。刊行が2013年なのでちょうどスマホSNSが流行り始めた当時の分析として、特に戦後日本企業の成り立ちを知らない若い世代は大きな学びが得られると思う。

 

既存市場

既存市場については事業開発というテーマと異なるため、細かい説明は割愛する。

今ある市場の中で、いかに安く、いかにスペックの高い製品・サービスを、以下に効率よくマーケティングするかという勝負になる。

 

狙うべき理由は「説明しやすさ」

結論として、社内起業家がターゲットとする事業開発の市場タイプは「再セグメント化しようとする市場」を推したい。

  

前にも述べたとおり、事業開発の現場は投資家を選ぶことができない。そのため、参入する市場を選ぶ時も投資家の理解が得られるかどうかは重要なポイントだ。

日本企業の意思決定は合議制であるがゆえに直感 (個人的による帰納的結論づけ) による意思決定がしづらく、だれにでもわかるロジックが求められる。新規市場が向いていない以上、顧客が認識しているニーズをリサーチや価値仮説検証によってあぶり出し、参入の合意を得るというのが最も成功率の高いアプローチだと考える。

消去法的に結論づけたが、既存市場を新しい切り口で眺めながら参入領域を探すのは、天才的なひらめきを持たないわれわれ一般的なサラリーマンでも再現・学習しやすいというメリットがある。

 

三品先生のいう「コンセプトのブレークスルー」に、ぜひあなたもチャレンジしていただきたい。

 

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余談

セグメントに関して、ブランク先生が「差別化戦略とは違うのだよ」という注釈をつけていたので掲載しておく。

セグメンテーションとは単なる差別化とは異なる。セグメンテーションとは顧客の心の中で自社が明快かつ明確な地位を得ることである。そして、その地位は唯一無二で理解しやすく、かつ最も重要なことは顧客が価値を感じ、欲し、今すぐ必要とする何かに関わっていなければならない。

これはおそらく、数値的・スペック的なポジショニングや差別化を牽制しての記述かと思う。ただ実際のところはよくわからない。

 

1-1. 投資家の嗜好性把握 (前編)

前提の共有

お世話になっております。
カーマンラインの直人です。

事業開発の実務 - フェーズ1. 参入領域の決定」というエントリで、参入領域の選定において社内起業家は、まずはじめに「投資家の嗜好性を把握」すべきだと説明しました。これは、多くのイノベーション理論やスタートアップの教科書に書いてあることとは真逆だと感じる方が少なくないのではないでしょうか。

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「今の時代、マーケットファーストであるべきだろう」

「事業開発はアイデアが全て。最初に投資家などということはありえない」

 

こういった意見も、それぞれもっともだと思います。本エントリではその理由も含め、社内起業家が行う事業開発において投資家の嗜好性を把握することの必要性を説明したいと思います。

 

スタートアップと事業開発の違い

なぜ事業開発では投資家が最優先なのでしょうか。 

端的にいうと、スタートアップの事業オーナーは創業者ですが、事業開発のオーナーは企業だからです。つまり株主、経営者、そしてその指示で動く役員や上司といった、会社のヒエラルキーがそのままオーナーシップのヒエラルキーになります。

この点を意識せず、サラリーマンがピュアにスタートアップ論を事業開発に応用しようとすると、やりたいこととできることがいつまでたっても噛み合わず、組織の狭間でいらぬジレンマに悩むことになるでしょう。

 

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社長であれ、上司であれ、最初からスポンサーがついているということはアイデアが決まる前の調査フェーズでも資金の枯渇を心配する必要がないし、戦い方を考える上でも豊富な資源を前提にできます。

これは非常に大きなアドバンテージです。

 一方、スポンサーが最初からいるがゆえに、「アイデア」の優先順位は出資者の意向に劣後します。スタートアップが「アイデア→出資者探し」という順番になるのに対して、事業開発は「出資者の意向→アイデア探し」という順番です。

 スタートアップは自分のアイデアを買ってくれる投資家を探し続ければよいのですが、社内起業家が上司以外に営業をかけるのは不可能とは言わないまでもハードルが高いです。やる場合は「アライアンスの提案」という形になりますが、投資家の意向を踏まえていない以上、活動できる時間はわずかだと思います。

  

出資者の嗜好性にはどんなものがあるか

経験からいくつか挙げてみます。

 

資産保有についての嗜好性

特にインターネット系の企業では、バランスシートが膨らむ事業を嫌う傾向にあります。逆に、物販や流通を扱っている企業は資産を投下する初期投資や回収について一定のロジックをもっていることが多く、その範囲内では寛容です。

 

事業領域についての嗜好性

ゲーム・エンタメといったボラティリティの大きい事業領域は保守的な事業を営む企業や縁遠い事業ドメインにいる企業からは敬遠される傾向にあります。逆に、それらを本業としている企業は一定のポートフォリオの中でリスクを分散しながら予算を割り当てていることが多いので好まれやすいと感じます。

投資家の過去の成功体験が色濃く反映される部分なので、企業や人の歴史を紐解くことでヒントが見つかるでしょう。

 

ビジネスモデルについての嗜好性

アービトラージモデル、ストック型ビジネス、広告収入モデル、売り切り型ビジネス、など、投資家のビジネスモデルに関する好き嫌いには明確な違いがあります。これも個人の過去の成功体験によるものが多いと考えられます。

アービトラージ、つまり裁定取引が好きな投資家は仕入れと小売の利ざやで稼ぐので広告投下に対する短期回収率を最重要視します。キャッシュの回転率がKPIとなる事業を好むでしょう。

ストック型ビジネスを好む投資家はTAM (Total Adressable Market) の大きさや営業効率、継続率に注目します。回収までに時間がかかるため、厳しいキャッシュフローに理解と耐性があることが多いでしょう。

tm2020.net

広告収入モデルはインターネットを使ったメディアビジネスで成功した人が好む傾向にあると感じます。「サービスが大きくなればいつでも回収できる。ビジネスモデルは後から考えればいい」というような人は広告型のビジネスモデルを暗黙的に想定しています。アイデアと初期のインパクトを重要視します。

 

まとめ

事業開発の現場では「投資家が最初から決まっており、後から変更できない」ため、参入領域の選定やアイデア探しの段階からそのすり合わせを行っておくことが重要です。 

ただし、投資家の意向を十分に踏まえて作られた事業計画であっても、エンドユーザーやマーケットが支持するものでなければ当然ながら成功はおぼつかないでしょう。

次回記事では、会社や上司の意向を尊重しながらもマーケットに対して正しくアプローチする方法について考察してみたいと思います。

 

※後編へ続く

 

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1-0.「参入領域を探す」基本の型

全体の目次 (迷ったらココへ) 

上記の記事で細々としたことを書いているが、もうすこしおおざっくりとした話も書いておきたいので番外編を設けた。

参入領域の検討についてどこから手を付けるべきか?

抑えるべきステップは以下だ。

  1. どの市場でやるか
  2. 何をやるか
  3. どうやるか 

非常にシンプルである。きっとなんとかなる。

 

最初に、なぜこの順序で考えるかを説明しておこう。

 

どのような順序で参入領域を探すのか (基本の型)

1. どの市場でやるか

そもそも、「事業開発せよ」という話が立ち上がる背景には暗黙的にどちらかの前提がある。

 

A) 既存の事業ドメインが飽和もしくはシュリンクするので、新領域に活路を見出す

B) 非常に有望な事業ドメインがあり、勝ち目もあるため取りに行きたい

 

(A) の場合、シュリンクする市場を捨て、自分たちの勝てそうな新市場や成長が見込める市場でシェアを獲得しなければならない。よってどの市場に行くかが重要である。

 

(B) の場合、事業開発のモチベーションが魅力的な新市場であるため、その可能性を探るのは当然である。

 

いずれにせよ、プロダクトやサービスという粒度でものを考える前に、それらを包含する市場セグメントの妥当性の検査が先立つというのは当然だと考える。

 

また、「市場」の切り口はシンクタンクや電話帳が決めるのではなく、自らの事業ドメインをどう捉えるかによっても変わってくる相対的なものである。事業ドメインを限定してしまったことによる機会損失を、「近視眼的である」と分析したセオドア・レビットの例を引用しておこう。

 

例) 近視眼的マーケティング (Theodore Levitt)

  •  鉄道会社
    「当時自動車航空機などの進展によって衰退へと追いやられた鉄道会社は、人や物を目的地に運ぶことと捉えず、車両を動かすことを自らの使命と定義したことが衰退の要因である。」
  •  アメリカ映画業界
    「映画業界は自らをエンタティメント産業と捉えず、映画製作会社と捉えてしまったことにある。」
  •  ハリウッド業界
    ハリウッドがテレビ業界を拒否してしまったのは、自らをエンタティメント業界の一員であることを定義していなかったからだ。」

 

自分たちの提供価値や強みを抽象化することで、市場の見え方が変わって本当に解決すべき課題が見えてくる。今ある姿だけに固執せず、曇りなき眼で確かめてみたい。

 

2. 何をやるか

 対象市場を決めたら、次は「そこで何をするか」。つまりどのような価値を訴求するのかを考えなければならない。

 

http://www.garbagenews.com/img17/gn-20171231-09.gif

 

世界の財の総量は増えているのだとしても、あなたが想定している対象地域ではどうだろうか。

 

対象地域の経済全体が伸びていない以上、あなたがこれから席巻しようとしている市場では、どこか他の事業から利益を奪い取らなければ成長できない。ゆえに、何をもって当該市場他社から、あなたのサービスが利益を奪い取るかを考えるのは非常に重要である。

参考までに、私が担当していたクルマのサブスクリプション事業はクルマのサービスでありながら、競合は金融業だった。クルマそのものではなく、「クルマにまつわるファイナンス」が事業の本質だったと考えている。

 

インターネットのメディア事業をやっている場合、競合は紙媒体かもしれない。音楽事業をやっているなら、レーベルかもしれない。つい同業他社を競合と捉え、その比較で「何をやるか」を考えてしまいがちだが、あなたや競合はだれから市場を奪っているのか。また、奪うに足る価値はなんなのか。

 

コンセプトフェーズでしっかりと考えておくべき事項である。

 

3. どうやるのか

戦略や意思決定は正しかったが、エグゼキューション (実行) のレベルが低くて負けた、というのはよく聞く話である。

 

知的レベルの高い会社は、「正しい戦略を見い出せば勝てる」と考え大枚をはたくが、実際にその成否を担うのは実行部隊の質である。

 

頭の良い部隊を組成すれば勝てるというわけではない。頭のよい部隊で勝てるのは、KSFが「頭の良さ」であるビジネスだけだ。経験豊富な部隊を組成すれば勝てるというわけではない。経験豊富な部隊で勝てるのはKSFが「経験値」であるビジネスだけだ。

 

 

その市場 (1) で、その価値を提供する (2) ために、どういうチーム (3) が必要なのか。

 

 

考え方はこの順番である。

 

チームが決まっている場合は、そのチームが所与の条件として (1) に影響を与え、(2) (3) が再帰的に発生すると考えればよい。

 

事業開発の実務 - はじめに

前提などをここにまとめて書いていく。随時更新。

 

  • 本稿は、私の実体験に偏った内容になっている
    (主にサラリーマンとして事業開発に携わった経験)
  • 想定読者は 1. 社内起業家 (事業開発担当者)、2. 事業開発担当役員、3. スタートアップ の順に念頭においている。

 

 

 

フェーズ1. 参入領域の決定

 お世話になっております。
カーマンライン株式会社の直人です。

前回に引き続き、事業開発のアプローチについて書いていきます。

事業開発を担当するビジネスマンは、まずはじめに「どんな事業を始めるか」を決めるところからはじめることになります。

魅力的な参入領域を探すアプローチとはどのようなものでしょうか。また、考慮しなければならないポイントはどこでしょうか。

経験を元に考察してみたいと思います。

参入領域確定のためのアプローチ

アプローチは大きく3パターン考えられます。

  1. 事業のネタに「気づく」
  2. 事業のネタを「探す」
  3. 事業のネタを「与えられる」

詳細を後述します。

1. 事業のネタに「気づく」

事業開発担当者や未来のアントレプレナーが、自身の観察力・洞察力によって潜在的かつ解決可能な課題や顕在化していない価値に気づく。 

例えば、マーク・ザッカーバーグがインターネットの時代における人間同士のつながりのあり方にポテンシャルを見出す (Facebook、以下参考書籍)、江崎利一が捨てられる牡蠣の煮汁を見て栄養価の高い菓子製造を思いつく (グリコ)、などの例はここに当たるでしょう。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)

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  • 作者: デビッド・カークパトリック,小林弘人解説,滑川海彦,高橋信夫
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事業開発に限らず、商品開発やマーケティングに至るまで、担当者の気づきやひらめきによりビジネスが飛躍する、という事例は枚挙にいとまがありません。

「アイデア」の捉え方には諸説あrますが、私は「解決力を持った人間に、潜在的価値・課題を与えるとその抽出方法が発露する」と考えています。

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 解決方法まではいかなくても「こうしたら解決できるのでは?」という視点があるかどうか、世の中を常日頃そのような角度から眺めているかが大切です。

フレームワークとして、リーンスタートアップという事業開発手法はこのような気付きから価値仮説の検証といった小規模なテストマーケティングと相性がよいでしょう。気づきは検証されて初めて、ターゲットではない第三者 (投資家やパートナー) に説明できるようになります。

リーン・スタートアップ

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蛇足 : リーンスタートアップの書籍やメソッドは数多くあるが、個人的にはエリック・リースのこの1冊が本質であり、最高の1冊だと思っている。 

2. 事業のネタを「探す」

企業に所属するビジネスマンは、なかなか思いつきで事業を興そうとは思わないかもしれない。むしろ、会社の方針や投資家の要請によって「これこれこういう条件で、新しい事業を作りなさい」と言われることの方が多いでしょう。

意外と知られていないかもしれませんが、Amazon創業者のジェフ・ベゾスもボスであるデビッド・ショーの依頼による調査の過程で創業のきっかけを得たと言われています。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望

ジェフ・ベゾス 果てなき野望

 

 私自身も、サラリーマンとして事業開発を行う過程では主にこのアプローチで参入する事業ドメインを決めてきました。事業開発は、実装して世に出すまでの道のりも非常に険しく、アプローチの正しさは定かではないが、おおよそ以下のようなプロセスを経ます。

■事業開発において、参入領域を探すプロセス

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特にイントレプレナー (社内起業家) としての経験から記載しているが、各プロセスの詳細については別の記事を設けて後日解説したいと思います。

3. 事業のネタを「与えられる」

サラリーマンの事業開発現場では、事業のネタを与えられるというケースも少なくないでしょう。

 

「ビッグデータ使ってなんか考えてくれないか」

「事業部でアプリ作ることになったんだけどアイデアある?」

 

くらいのふわっとしたものから、より具体的で予算まで決まったものまで粒度は様々だだろうと思います。実施が決まっているなら「やるだけやる、やれるところまでやる」しかありませんが、もし検討の余地があるのであれば前述のフローに従って勝ち筋があるかどうか調べてみるものよいでしょう。

終わりに

今回は、私の経験に基づいて事業開発における参入領域の決定方法について概要を記載しました。事業の形はひとつでないように、ここで紹介したやり方も数あるアプローチのひとつにすぎません。

みなさんの向き合っている市場やシチュエーションに応じて、適宜カスタマイズしていただければ幸いです。

 

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目次 : 迷ったらここへ

このページから、新規事業開発の各フェーズへ飛ぶことができます。

 

ここでは、「新規事業開発」という仕事の一連の流れを紹介しています。

事業開発の大きな流れ

経験的には、新規事業開発における基本的な流れは以下の図のようになります。もちろん、事業主体や参入領域によってケースバイケースです。

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事業開発の大きな流れ

このエントリをインデックスとして、それぞれについては、個別に記事を書いていきたいと思います。

 

フェーズ0. 事業開発の前に

フェーズ1. 参入領域の決定

 

事業開発フェーズ2. 予算確保 (未着手)

事業開発フェーズ3. 価値仮説検証 (未着手)

事業開発フェーズ4. グロース (未着手)

 

趣旨

この記事を読んでいる方は、事業開発について悩んでいる、もしくは事業開発についての情報が知りたくて集めている方かと思います。

私は、GREEやガリバーインターナショナルといった上場企業で、新規事業開発に携わってきました。それ以前は、コンサルタントとして NTT docomo や 日本マイクロソフト といった大手企業の事業開発の支援を行っていました。

かれこれ10年以上、新規事業開発に関わってきましたが、この仕事は毎回毎回が初挑戦で、正解のやり方、事業開発成功の定石というものはほとんど存在しないように見えます。

それでも、何度も試行錯誤やトライを重ねるうちに、共通する手順や抑えるべきポイントのようなものは見えてきたように感じています。

 

先の見えない時代、私のように事業開発に携わるビジネスマンの一助となればと、過去の経験を元にまとめてみたいと考え、「実践」にフォーカスして書いてみたいと思います。

 

ケーススタディ

 

 

最後に

一連のエントリは経験に基づいてまとめたものです (要するに体感)。間違った記述や、認識違いは直していくので、ご指摘いただけると非常にありがたいです。

【第3回】業界初「クルマのサブスクリプション」に挑む!新規事業のマーケティング

事例を元に、新規事業のマーケティングを紹介するエントリの第3回。

 

第1回目では業界初となる「クルマのサブスクリプション」ビジネスを立ち上げた際の状況と、その裏側で何を考え、実施してきたのかについて書いた。 

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そして第2回目では、インターネットマーケティングしか経験したことのなかった筆者が、自動車という商材のマーケティングで想像以上の苦戦を強いられ、暗中模索する中でどのような打ち手を考えたのかに触れた。

 

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第3回目となる本稿では、調整期に行った打ち手の何が奏功したのかについて、問題ない範囲で紹介したいと思う。

 

■目次

 

ビジネスが反転する瞬間

第2回で触れた以下の調整期のグラフだが、2017年11月頃には様々な施策の手応えを感じ始めていた。

 

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赤棒グラフで示される「新規予約件数」が前月から比べて倍増したのだ。黄色い棒グラフ、新規訪問が増えていないことを考えると、単に広告を増やしたわけでないのは明白だ。何かが変わり始めていることが数字に現れていた。

 

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起爆剤となったのは、これまで主力だった中価格帯以上のプランではなく、11月6日にリリースされた月額19,800円のプランだ。

 

2017年4月1日のリリース時は最安プランは39,800円だった。その後、2017年8月に29,800円のプランを発表したが、グラフからもわかるとおり全く反響がなかった。ただ、定常的に実施していたアンケートからより安価なプランのニーズがあることは把握できていたため、私達は更にもう一段踏み込んだ限界プライスの月額19,800円の開発に着手していた。

 

19,800円プランの開発

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【上図:ある意味、高級車より希少な月額19,800円の車両たち】

 

対人・対物無制限の保険料込みで、月額19,800円である。

 

これは本当に限界に挑む商品開発だった。

 

自動車税自賠責保険などを考慮すると、ほとんど無料に近い形でクルマを提供しなければならない。サービス開発の決め手となったのは、海外の輸出需要だった。NORELでは、流通市場の価格変動を予測して月額料金を設定しているが、運営母体である株式会社IDOM (旧社名:ガリバー・インターナショナル) は長年の経験から、海外の輸出需要が国内流通の値動きに影響を与えることを理解していた。

詳細を書くことはできないが、保険料込みで19,800円という破格のプランはこういった国内外の需給を織り込んだ上で、ある意味非常に希少な車両を特定することで実現することができた。

まさに新規事業と、母体となる企業のシナジーが生み出した商品プランということが出来るだろう。

 

様々な施策の成果が結実し、複合要因で成長が始まる

19,800円プランの登場はねとらぼなどで取り上げられ、メディアの注目を集めた。これにより今までリーチできていなかった層への認知が広がり、テレビやニュースメディアなどで紹介されることも徐々に増えていく。


f:id:naoto111:20180731100431p:plain調整期にA/Bテストを繰り返し、チューニングしてあったLPは離脱率の上昇を防いだ。

内製化されていた運用型広告はCVRが上がるにつれ機械学習の精度をより改善させ、リードの質も向上した。

長期利用者向けの割引や、タイムセールと言った新提案が受け入れられ、成約数を伸ばすのに一役買った。

 

夏頃から仕込み始めたSEOが徐々に成果につながり始めた。

仕入先を開拓し、増やし続けた在庫数は需要増の機会損失を防ぐことに繋がった。

 

あらゆる施策が時間差で噛み合い始め、事務局は大忙しだった。この時のオペレーション改善については別途記事を書いたので興味のある方は参照していただきたい。実際、うまくいった施策の裏に、膨大な数の失敗も経験している。私はとにかく、仮説があれば試してみないと気が済まないたちなので、痛い目にもたくさんあったし、(会社には申し訳ないが) 成果につながらない予算も時には使ってしまった。

 

ただ、ありとあらゆる失敗は実験であり、失敗の中でこの結果があったのだと思っている。

 

4月を迎えて

3月は自動車流通業界の繁忙期だ。

好調は繁忙期の特需ではないかと気をもんだが、お陰様でこの4月も前月を上回るペースで成約を重ねている。認知が増えればビジネスが拡大する、好スパイラルに突入したと考えている。

 

私もようやくひと仕事を終えたと、ほっとした気持ちで、今この記事を書いている。

 

NORELを担当したこの1年間、本当に毎日ギリギリの状況だった。チームづくりのための採用から始まり、システムリプレイス、利益率改善、集客改善、運用改善、来る日も来る日も改善、改善、改善。。。

 

NORELはこのあとどうなるだろうか。人とクルマの、新しい関係を世の中に定着させることができるのか。挑戦はまだまだ続くだろう。私もNORELのこれからを、楽しみに見守りたいと思っている。

 

 

【第2回】業界初「クルマのサブスクリプション」に挑む!新規事業のマーケティング

新規事業のマーケティングを紹介するエントリの第2回。

 

前回記事では業界初となる「クルマのサブスクリプション」ビジネスを立ち上げた際の状況と、その裏側で何を考え、実施してきたのかについて書いた。

 

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【図:予約再開からの立ち上げ期】

 

契約単価UPに成功し、収益性は改善したものの、CVR (見込み客から契約への歩留まり) が日に日に悪化し、追い詰められていく時期だった。また、その裏側でコスト削減を徹底し、PMF (プロダクトが正しい市場に価値を提供できている状態) にたどり着くまでの準備にリソースを割いた。

 

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今回は次のステップ、「調整期」について説明して書いていく。

 

■目次

 

どうしたら新サービスが受け入れられるのか

前回の立ち上げ期では、当初サービスの珍しさで集客したリードが枯渇し、徐々にCVRが悪化していく状態だった。その為、新たな顧客を呼び込むべく広告を始めることになる。

 

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立ち上げ期、高いCVRにつながっていたのは、ニュースメディアなどでNORELを知った「前向きな顧客」である。一方、広告で集まってくるのは「温度感の低い顧客」。広告の効果で黄色いグラフの新規訪問は増えるが、オレンジのグラフ新規予約数が増えないため、CVR (青線) は非常に低くなる。

広告の費用対効果としては非常に悪い。 新規事業における、2回目のスタート地点である。

1回目のスタート地点は「最初の顧客が付いた時」。新しいサービスに価値を感じ、お金を払ってくれる人が現れる。この瞬間、アイデアが初めてビジネスになる。NORELでいうと、2016年9月、プレオープンの瞬間だ。

そして2回目のスタート地点は、より広い市場の中で、1回目の出来事をより広い市場で再現するタイミング。初期の顧客は自分の信念でサービスを選ぶ人たちだが、今度はより合理的な市場に対してサービスを説明し、納得し、お金を払っていただかなければならない。 グラフを見ていただければおわかりだと思うが、とにかく最悪な状況だった。

 

ネットビジネスの定石、CPOチューニングが回らない

CVRが落ちていく状況は事前に想定できたが、状況はもっと早く改善すると思っていた。

インターネットサービスでは、安いPPC (Pay Per Click) 広告を使ってターゲットや顧客ニーズ、コミュニケーション (伝え方) などをテストし、定量的な根拠を元にサービスの方向性を定め、効率を改善していく。NORELも改善できるはずだった。 だが、これまでインターネットビジネスを中心に見ていた私は、「自動車」という商材、またはそれを提供するサービスについてあまりにも無知だった。

 

クルマという商材について学んだこと

NORELを担当する前、クルマという商材について、私の認識はこんなものだった。

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図は、大昔に自分が Slideshare に上げた資料から持ってきた。

原典は トライバルメディアハウス池田紀行さんの著書 に依る。自動車は基本的に検討期間が長い商材で、中でも輸入車は情緒的な、国産車は論理的な意思決定がされる傾向にあるとされている。

これに加え、担当してみて思い知ったNORELマーケティングの難しさはざっと以下のようなものだ。

  • 「クルマそのもの」ではなく「クルマとの関係性」をマーケティングしなければならないため、デモグラフィックなターゲティングがひたすら難しい (NORELでプリウスを選ぶ人と、ベンツを選ぶ人の共通点を探すのは非常に難しい)。加えて、明確にセグメントできないとネット広告の精度は上がらない (無駄打ちを減らせない)。
  • 「クルマが欲しい」タイミング自体が数年に1回と希少なので、リードタイムが非常に長い。結果、PDCAを回せる回数が非常に少なくなる。
  • 商材の成約単価が高く、マーケティングコストに対してコンバージョン数が少ないため、施策を定量的に判断する材料が集まらない。(集めようとすると膨大な予算が必要になる)

 

暗中模索の日々

チームは悩み、考えられるあらゆることをした。

テレビCMを打ってみたり、テレアポやFAXによるアプローチを試みたり、キャンペーンを行ってみたり。ランディングページや予約フォームをいじってみたり、A/Bテストも何度もやった。

その上、前項で書いた通り、定量的に判断する根拠が不十分な中、直感と手触りで意思決定しなければならない。

投資家の温度感が下がっていく中、事業部の危機感は募る。

 

この時期、裏側で起きていた変化として、事業部における各機能を内製化する動きが進んでいた。エンジニアとデザイナーを採用し、広告運用を内製化していった。また、社内の他部門と連携を強め在庫を増やし、価格下落の予測精度を高めていった。

結果として、サービス改善のPDCAの速度が飛躍的に早くなった。新しいアイデアは1週間と待たずに実装され、毎日何度も新機能や機能改善がリリースされた。

事業の行き先は顧客に聞いた。 顧客にお願いしてインタビューさせていただいたり、アンケートを取り満足・不満それぞれの理由を聞いた。サービスを退会する方からはなぜ辞めるのか理由を聞くようになった。

 

冬になると、経営陣の間では来期に向けて事業統廃合の議論がされはじめる。成果が出ない中、文字通り暗中模索する日々が続く。

 

転機が訪れたのは、2017年11月。 それ以降、加速度的に成約数が伸びていくことになる。

 

■次回記事

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